高松高等裁判所 平成元年(ネ)270号 判決 1990年9月28日
控訴人 中浦宗子
控訴人 楠木惠子
控訴人 中浦靜児
右三名訴訟代理人弁護士 立野省一
被控訴人 日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 佐野喜秋
右訴訟代理人弁護士 赤松和彦
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人中浦宗子に対し六九九万九〇七〇円、同楠木惠子、同中浦靜児に対し各三四九万九五三五円ずつ及び右各金員に対する昭和六三年五月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
五 この判決は主文第二項につき仮に執行することができる。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
1 控訴人ら
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人は、控訴人中浦宗子(以下「宗子」という。)に対し七〇〇万円、同楠木惠子(以下「惠子」という。)、同中浦靜児(以下「靜児」という。)に対し三五〇万円ずつ及び右各金員に対する昭和六三年五月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(一) 控訴人らの本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
二 控訴人らの請求原因
1 控訴人宗子の亡夫中浦昭三(昭和三年八月八日生。以下「昭三」という。)は昭和六二年八月一七日被控訴人との間に、自己所有の自動車(軽四輪貨物ダイハツ 香川四〇す三九〇二)の事故による被保険者昭三及び交通事故の相手方の死亡、傷害、物損等を保険事由とし、その内自損事故の保険金額を一四〇〇万円、保険金受取人を相続人と指定し、保険期間は昭和六二年八月二〇日から昭和六三年八月二〇日まで、合計一〇回にわたり、毎月二五日にそれより一か月分の保険料一八六〇円ずつを前払すること、但し右分割保険料の支払を支払期日から一か月の保険期間が終了するまで猶予する旨の約定で、損害賠償の任意保険契約(以下「本件保険」という。)をした。
2 昭三は昭和六三年五月二四日一二時(午後零時)一〇分ころ香川県坂出市府中町一一〇九番地一先路上で右1の被保険自動車を運転中誤って道路脇の坂下池に転落の上溺死し、自損事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
3(一) 右昭三の死亡により、被控訴人は昭三に対し、本件保険の内自損事故による保険金一四〇〇万円の支払義務が発生した。
(二) もっとも、昭三は保険契約に際し分割保険料第一回分を支払い、その後第七回まで支払ったが、昭和六三年四月二五日から同年五月二五日二四時(午後一二時)までの分割保険期間に対応する第八回目の分割保険料一八六〇円を同年四月二五日に支払うべきところ、保険事故までにその支払をしなかった。
(三) しかし、自家用自動車保険普通保険約款(以下「普通保険約款」という。)五条により保険料は右分割された保険期間の一か月が終了するまで支払を猶予され、本件でその期間終了時は本件事故当日の二四時(午後一二時)であるところ、本件事故はそれより前で未払保険料の支払猶予期間中であり、昭三は本件事件で死亡しその後は支払ができなくなったので、この場合多くの保険約定の例に従い、支払われるべき保険金の中から未払保険料を控除し弁済に充当すべきであるから、その未払は保険者である被控訴人が、被保険者である昭三の死亡事故という保険事由に基づき、被保険者である昭三に対し本件保険金を支払うべき義務の発生を妨げるものではない。
(四) 昭三の死亡により控訴人宗子はその妻、同惠子、同靜児は各子としてその相続人となったので、控訴人ら代理人弁護士立野省一が昭和六三年六月二九日ころ被控訴人に対し、本件保険(その内自損事故)に基づき、一四〇〇万円の保険金の支払を請求した。控訴人らはその後右取得割合につき協議し、法定相続分割合に準じて取得することとした。
(五) よって、被控訴人に対し、控訴人宗子が七〇〇万円、同惠子、同靜児が各三五〇万円ずつ及び各金員に対する弁済期後の昭和六三年五月二五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 控訴人らの請求原因に対する被控訴人の答弁
1 控訴人らの請求原因1の事実(本件保険の成立)は認める。
2 同2の事実(本件事故の発生)は争う。
3(一) 同3(一)の事実(保険金支払義務の発生)は争う。
(二) 同(二)の事実(本件事故当時の分割保険料未払)は控訴人ら主張のとおりである。
(三) 普通保険約款五条によると、分割保険料を支払期日に支払わずその分割保険期間の終了日までにも支払わない場合、その分割保険期間中の保険事故については保険者の保険金支払義務が発生しないところ、昭三は昭和六三年四月二五日に支払うべき第八回分割保険料一八六〇円を右支払期日に支払わず支払猶予期間の同年五月二五日までにも支払わなかったから、右約款により、被控訴人の昭三に対する保険金支払義務は発生しない。右分割保険料支払債務は昭三の死亡により相続人である控訴人らが相続したので、控訴人らがこれを右期間内に支払うべきであり、一般に他の保険契約でこのような場合に支払うべき保険金の中から支払う旨約定しているとしても、本件保険ではその特約がないからその取扱ができず、又、保険は保険料の支払により支えられているという性質上、その支払猶予期間中に被保険者が死亡した場合でも、その相続人から未払保険料(その分割保険期間中の全額)の支払がない限り、保険者の保険金支払義務が発生するものではない。
四 証拠関係<省略>
理由
一 控訴人ら請求原因1の事実(本件保険の成立)は当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件保険契約では受領権者を特に指定しなかったが、この場合約款では保険契約者の相続人と指定した旨取り扱われていることが認められる。
二 <証拠>を総合すると控訴人ら請求原因2の事実(本件事故の発生)が認められる。
三1 控訴人ら請求原因3(二)の事実(昭三の分割保険料の未払)は当事者間に争いがない。
2 <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 普通保険約款の特約条項は各保険事由等により格別に定められているが、その内、保険料分割払特約については、保険契約年額保険料を保険証券記載の回数及び金額に分割して払い込むことができ(一条)、保険期間が始まった後でも第一回の保険料を領収する前に生じた事故については保険金を支払わず(三条)、保険契約者が第二回目以後の分割保険料につき、当該分割保険料を払込むべき払込期日後一か月を経過した後もその支払を怠ったときは、その払込期日後に生じた事故については保険金を支払わない(五条)と定められている。
(二) 例えば千代田生命保険株式会社の場合の特約では、保険事由が発生したときまでにその保険期間に充当されるべき保険料が未払の場合支払われるべき保険金から未払保険金を控除してその支払に当てる旨定めている。しかし、本件保険ではその旨を特約した明文の定めはない。
(三)(1) 被控訴人の取扱代理店堀谷損害保険事務所は昭和六三年五月一一日昭三に対し、本件保険の同年四月二五日に支払うべき分割保険料一八六〇円が支払われなかったので、右分割保険期間終了日の昭和六三年五月二五日に次回分を合わせた三七二〇円を支払うよう催告兼通知をした。
(2) 控訴人ら代理人立野弁護士が同年六月二九日ころ被控訴人に対し、本件保険に基づき、自損事故の場合の保険金一四〇〇万円を請求した。
(3) しかし、被控訴人は昭和六三年五月二五日までに昭三が未払保険料を支払わなかったことを理由に、保険金支払義務が発生しなかったとしてその支払を拒絶した(なお、右支払は銀行振込の方法によるところ、振込に使われた昭三名義の預金口座には同年同月二六日その支払額以上の金員が預金された)。
以上のとおり認められる。
四1 前記一、二、三1及び2の各事実によると、各控訴人は昭和六三年七月一一日被控訴人に対し、本件保険契約に基づく保険金請求権を取得したものということができる。すなわち、
(一) 本件保険金請求権は、被保険者である昭三の保険事故(自損事故)による死亡で発生し(約款第六条一般条項二〇条(2) イ)、昭三が死亡前に分割保険料を完済していたことを条件として発生するものではないし、死亡後の分割保険料の支払義務は発生せず、本件保険契約はその目的を達成して終了した(但し、約款五条については暫く置く。)。
(二) 控訴人らは、保険契約により保険金受取人として指定された「相続人」の資格でその契約に基づき直接被控訴人に対し、本件保険金の請求権を取得したものである。すなわち、本件保険契約では、保険契約者である昭三と保険者である被控訴人との間で、保険金受領権者を保険契約者兼被保険者昭三の相続人と取り扱われているので、その保険金受領権者に関する部分は、第三者のためにする契約であり、契約上の「相続人」(正確には契約時の推定相続人ではなく、被保険者死亡当時の相続人を意味する。)とされた控訴人らがその契約部分につき前記保険金請求権発生後に第三者として受益の意思表示をすることにより、相続としてではなく、保険契約上の受領権者として、その請求権を取得するものであり、控訴人らは昭和六三年七月一九日被控訴人に対し本件保険金を請求することにより、その受益の意思表示をしたものであり、それによりその請求権を取得した。
(三) 右(二)のようにして取得した控訴人らの本件保険金請求権は、各控訴人自身の財産であり、昭三の遺産に属するものではなく、又、控訴人らが右(二)のように本件保険金請求権を取得するについては前記のように受益の意思表示をすれば足り、それ以外に何らかの債務を負担することも全くない。
(四) 本件において、分割保険料は保険契約者である昭三の負担すべき義務であるが、保険契約者である昭三がその意思のみで被保険者、保険金受領権者を指定でき、分割保険料はそれらの地位を得る対価として負担すべき関係にあるので、このような本件契約の性質上、保険契約者、被保険者、保険金受領権者の各三者の地位が、その保険契約で代替性のない固有のものとして定められ、不可分一体の法律関係となっている。その内被保険者昭三の保険事由及び保険金請求権については前記(一)のとおり既に発生しており、保険金受領権者昭三の「相続人」の保険金請求権は前記(二)のとおり個人の財産として取得したことに確定できる関係にあり、それぞれ一身専属的であるから、既に被保険者の死亡という保険事由が発生している本件においては、これと不可分の関係にある昭三の保険契約者の地位も又、一身専属的であるといわざるを得ない(もし、相続の対象となると考えると、その債務はその原因となった被保険者の地位、保険金受領権者の地位指定権を伴わず、原因関係と分離されることにより原因関係が存在しない債務となるから、その債務の相続人はその支払義務を負わないこととなる。)。従って、分割保険料債務は相続の対象となるものではない。
(五) 右(四)の点から、保険契約者はその死亡により権利能力を失いその後未払保険料を支払うことができない結果となるのでその結果を避ける目的をも兼ねて、一般に、予め特約により、支払われるべき保険金の中から未払保険料を支払う旨約定しているものと解されるが、本件保険ではその特約が明文をもって約定されていない。しかし、その約定は、保険契約の性質上当然予定されていることを念のために約定しているのにすぎず、他に特段の意義を有するものではなく、又、前記各説示の点からみると、本件保険契約の当事者の意思解釈として、その当初の契約(保険料分割払特約)に右約定と同一の約定を含んでいるものと解するのが相当である。
(六) 本件においては、昭和六三年四月二五日から同年五月二四日までの分割保険料の支払債務は、保険契約者兼被保険者昭三の一身専属的な債務であり、本件保険金の中から支払われるものであって、分割保険料債務のみが相続により相続人に分割帰属することはなく、従って又その相続人の帰責事由に基づく履行遅滞を考慮することはできない。
(七) 前記認定の約款五条は、分割保険料払込期日の一か月後の時点で保険契約者が生存し、その債務が履行でき、その保険契約者が未払保険料を払込期日後一か月以内になお支払わないことによって保険金支払が免責されてもよいとして支払わなかった場合(帰責事由)にその適用がある。しかし、本件のように払込期日の一か月後の時点で既に保険契約者昭三が死亡しており、昭三の帰責事由による履行遅滞を考慮することが不可能であるから、約款五条は、本件の場合にその適用がないものと解するのが相当である。
2(一) 従って、控訴人らは被控訴人に対し、本件保険に基づき、その指定受取人である相続人の資格で(従って、相続自体によるものではない。)、被保険者昭三の死亡による自損事故保険金一四〇〇万円(その割合は暫く置く)を取得したものということができる。
(二)(1) 本件保険契約の右約定により右保険金から未払の分割保険料一八六〇円が控除されて支払に充当されるので、契約上の受取人(相続人)控訴人らの受け取ることのできる保険金は残額の一三九九万八一四〇円である。
(2) 控訴人らの取得した右保険金は一括取得という性質からみていわゆる総有に属するが、その全員の協議により分割をすることが可能であり、弁論の全趣旨によると、控訴人ら間では既に法定相続分割合に準じて分割取得する旨の協議をしたことが推認できるから、その取得割合は控訴人宗子が二分の一の六九九万九〇七〇円、同惠子、同靜児が各四分の一の三四九万九五三五円ずつとなる。
五 以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人宗子に対し六九九万九〇七〇円、同惠子、同靜児に対し各三四九万九五三五円ずつ及び各金員に対する弁済期後の昭和六三年五月二五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、控訴人らの本訴請求は右の限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当でないのでこれを取り消し、右説示のとおり一部を認容し、一部を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木積夫 裁判官 孕石孟則 裁判官 高橋文仲)